若いころに比べて本を読んでもなかなか頭に入らなかったり
理解に時間がかかったりしませんか?
わたしは小学生の頃から読書が大好きで社会人になってからも一日一冊以上は読んでいました。
でもいつの間にかあまり読まなくなって、最近では読んだとしても途中ですぐ休んでしまいます。
年齢と共に読書に時間がかかるようになった
本の内容によっては一気に読んでしまうこともあるのですが、
今回読んだこちらの本「オギャーでいいのだ」は禅宗の住職さんが話された法話がまとめてあって、
仏教自体をほとんど知らない私にとっては理解に時間がかかっています。
少しずつ読み進めてやっと読み終えたのですが
(ほぼ)完全に分かるまで繰り返し読もうと思っています。
「オギャーでいいのだ」なんてバカボンのパパみたいなタイトルですよね^^;
これを読んで住職さんたちの法話は京都で勉強会や発表会があって
それを指導したり修正したりするもっとえらいお坊さんがいて、
どんどん話が上手になることを初めて知ってびっくりしました。
そう言えば亡くなった父の法事に来てくださる住職さんが毎回とても良いお話をしてくださるんですが、
友達の家に来るお坊さんはまったく法話が無く
ただ念仏?をとなえてお茶とお菓子だけで帰るそうです。(笑)
法話の勉強会に参加してるかしてないかの違いかもしれません。
そう言えば元夫の実家に来られるお坊さんも、法話は無く
マヨネーズをつけたゆで卵を2つ必ず食べて帰るだけでした。笑
この本は読む人に対して教えを説く本というよりは、
亡くなった住職さんの周囲の方々から住職さんへの愛が詰まった本だな~という印象です。
読書がきっかけで写経を始めました
「オギャーでいいのだ」の西村住職さんは禅宗なので坐禅ですが、
わたしは持病のせいで続けて座るのは難しくちょっとお試し程度でこの前から写経を始めました。
写経が禅宗でないことだけは知ってるのですが、
わたしは無宗教なので写経が仏教の中の何宗かは知りません^^;
そしてどの家にも生まれた時から何宗かが決まっていますが
わたしの実家が何だったかも忘れてしまいました^^;(今度妹に聞いて見ます)
幸い半紙や硯、文鎮や墨などは、
私に似合わないほどの高級品を亡くなった父から譲り受けたのでたくさんあります。
あとで調べたら筆ペンでも良かったみたいですね^^;
墨汁を使わず正座して心を静かに落ち着いて墨をするように小さいころから教えられていたので
筆ペンは思い浮かびませんでした。(汗)
新しいことを始めたらボケ防止になるかな?と軽い気持ちで始めた写経ですが、
まぁ飽きたらやめればいいし、
ハマったとしても写経が自分にとって悪い影響があるわけがないので
楽しみながら細々続けてみようと思っています。
最初はただ書くだけの写経も、続けるうちに何かが見えてくるはず・・・